米農家にとって、安定した収入を得られるようにすることや買ってくれる人を増やすことは重要な課題です。ブランド米の開発は、その効果的な対策の1つといえるでしょう。これから新たなブランド米を開発し、市場で成果を上げるためには、どのようなポイントに注意すればよいのでしょうか?
米の消費が落ち込む今、注目を集める「ブランド米」とは?
ブランド米とは、ブランド化された米を表す言葉であり、はっきりとした基準があるわけではありません。米の産地にはそれぞれ、農林水産省によって指定された産地品種銘柄、いわゆる銘柄米があります。そして、それらの銘柄米をブランド化したものを一般的にブランド米と呼びます。銘柄米の中でも食味(食べたときの味わい)がよかったり、特別栽培など他との差をつけられる特長があったりして、他とはちがう価値のあるものがブランド米となることがあります。ブランド化は売るための戦略なので、普通は生産者がブランド米と名乗ります。
特別栽培:その地域で普段使われている節減対象農薬(減らしたほうがいいという対象になっている農薬)の回数と化学肥料の量と比べて、節減対象農薬を使う回数を半分以下、化学肥料に入っている窒素という物質の量を半分以下で栽培する方法のこと。
令和2年産米の醸造用(日本酒を作るためのもの)・もち米以外の品種別作付け割合のベスト5には、「コシヒカリ(33.7%)」「ひとめぼれ(9.1%)」「ヒノヒカリ(8.3%)」「あきたこまち(6.8%)」「ななつぼし(3.4%)」と、関東などでも人気の銘柄が並びます。この5銘柄は、食味ランキングで多くの産地・地区で高い評価をもらっています。このことから、「おいしいお米」であることは、ブランド米として取り組みやすい条件であることがわかります。
もちろん、食味ランキングに上がらなくてもブランド化はできます。特別栽培やアイガモ農法など特色ある栽培方法を売りにしてもよいし、里山の自然の美しさをアピールしたり、地域で栽培される他の農産物や産業と組み合わせてブランド化したりするのもよい方法でしょう。むしろ、食味だけにたよったブランド化はランキングから外れたときにとても苦戦することになるので、ブランド化にあたっては、地域ならではの魅力を生み出すことが重要です。
なぜ人気?農家に“ブランド米ブーム”が来ている背景
日本各地でブランド米がどんどん生まれ、ブームと呼ばれる状況になった背景には、社会的・経済的な状況の変化があります。今後、ブームの動きを予測してブランド化の戦略を立てるためにも、まずは背景をつかんでおきましょう。
コロナ前から続く、「米消費量・取引価格」の減少傾向
消費者の米離れによる米余りというのは、近年になって生まれた課題ではありません。農林水産省がまとめた米の消費量の推移(移り変わり)を見ると、1人1年当たりの消費量は1962年の118.3kgをピークにずっと減っていき、1990年には70.0kgまで減っています。その後もゆっくりと減り続け、2020年には50.7kgとピーク時の半分にまでなっています。
消費量が減っていくとともに、米の売られる値段も、でき具合による上下はありますが低くなってきています。例えば、1990年にはでき具合がやや良くて玄米60kg当たり21,600円でしたが、2016年には同じくらいのでき具合で14,302円まで下がっています。
さらに、2019年12月以降は新型コロナウイルス感染拡大の影響により、外食することが少なくなったことで、米余りの進行を速めています。国やJA、自治体などが米の消費量を上げるためにさまざまな対策をしていますが、その効果はほとんどなく、多くの農家が厳しい状況になっています。
ブランド米は「農家の収入向上」を叶える期待の選択肢
農家にとって厳しい状況の中、2004年の食糧法改正により、米を売る値段を農家が自由に決められるようになりました。他とはちがう価値のある米を生産すれば、努力しだいで高く売ることができるようになったのです。このため、高い値段で売らないと損してしまう小規模の産地や、これまでに人気の特産銘柄を持たなかった産地などが、収入を上げるためにブランド米の生産に力を入れるようになりました。
また、消費の動き以外にも、2018年以降、減反(農家が生産できる米の量を国が決める制度)がなくなったことも大きく影響しています。これによって、農家が自由に判断して栽培できるようになり、ブランド開発の競争が高まりました。そこには、日本の農家が海外産米との競争に負けない経営力を身につけられるようにという国の期待もあります。
ブームの裏で、産地間の競争が激化
ブランド米のブームによって、全国各地でよい食味の新ブランドがどんどん開発・生産されています。そのため、これから競争力のあるブランド米を新たに研究開発して生産し、地域を活性化させたり農家の収入を上げたりするのは簡単ではありません。他の産地とのちがいをもたせ、自分たちのブランド米のファンを手に入れるためには、新しい視点による自分たちならではの工夫や戦略が必要です。
ブランド米で勝ち残るには?4つの“他との差をつける”戦略
他のブランド米とのちがいをもたせるためには、どのような戦略を立てればよいのでしょうか?具体的な4つの例を挙げて解説します。
1. 地域ぐるみで米のブランド化に取り組む
ブランド米作りの基本は「地域ぐるみ」です。農家が1人でやるよりも、地域みんなでその土地や気候に合った品種や栽培方法を考えて選びながら取り組む方が効率的です。米は基本的に一期作(1年に1種類の作物を1回栽培するという方法)であり、よくない天気が続いたり自然災害にあったりした場合、その年の収入がゼロ、あるいはマイナスになる可能性があります。そのような場合にも、地域ぐるみであればおたがいに助け合ったり補い合ったりすることができます。
また、地域の他の産業をまきこむことで、加工品や関連商品などを生産したり、共通の包装容器で商品の幅を広げたりと、よりいろいろな方面にわたるブランド戦略ができるようになります。地域全体による取り組みが難しくても、周囲に呼びかけて何人かの生産者グループを作るのもよいでしょう。
ただ、地域ぐるみで行う場合、栽培マニュアル(作業の手順などがまとめられたもの)を作ったり、たくさん情報を交換したりして、できるだけ同じような品質の米を生産するための工夫が必要です。
2. 健康への意識の高まりに注目する
最近は世界的に健康への意識が高まっていることから、健康志向(バランスのよい食生活をしようとする考え)に沿った新しい価値をつけることで他との差をつけるのもよいでしょう。特別栽培、有機JASといった栽培方法や、JGAP、ASIAGAPの認証を受ければ、それだけで健康や環境保全といったプラスのイメージを消費者にアピールできます。
有機JAS:種まきや植え付け前の2年以上、禁止農薬や化学肥料、遺伝子組み換え技術などを使わずに管理した水田や畑で生産するという方法のこと。農林水産省に認められた機関によって検査され認証を受けたものしか、「有機〇〇」という表示ができなくなっている。
JGAP:環境保全、食品安全、農場経営、人権・福祉、労働安全といった、長く続くような農場経営への取り組みに関し、日本の標準的な農場にとって必要な内容をすべて取り入れた基準のこと。
ASIAGAP:GFSI(世界食品安全イニシアチブ)という団体から承認を受けた、農業生産の工程を管理する制度のこと。JGAPにおける「食品安全」の中に、食品防御や食品偽装防止が入っている。
そのほか、美容や健康に効果があるといわれる赤米や黒米、発芽玄米など、白米以外の米を選んだり、さまざまな病気や症状の予防・改善が期待できる成分や機能をもつ米などをブランド米としたりするのもよいでしょう。
3. 使い道をしぼった“特化米”として売る
他との差をもたせるための工夫の1つとして、あえて使い道をしぼった特化米とする方法もあります。例えば、飲食店向けに「カレーに合う」ということを売りにするために、サラッとしてベタつかない品種を選んだり、冷めてもおいしい品種を選んで「おにぎり用」「お弁当用」として売ったりするのもよいでしょう。
使い道をしぼると、「なんにでも合う」「誰にでもおすすめ」とするよりも買う人が減るイメージがあるかもしれません。しかし、普通の商品だと、多くの似た商品にうもれてしまうおそれがあります。ずばぬけた特徴を持たせて、特定の買いたい人の目に留まるほうが、買ってくれる人や店の数を安定させることにつながる可能性があるのです。
4. 高級なものという考えから外れてみる
ブランド米は、高級なものだけではありません。あえて「安くておいしい」「気軽に買って毎日食べる」といった考え方のブランド米にしてもよいでしょう。消費者の動きについての調査では、米を買うときは「値段」を気にすると答えた人が1番多いとされています。特に若い世代ほど、味へのこだわりよりも値段を気にするようです。「安くておいしい米」という方向性のブランドを築き上げれば、特に米離れが進む若い世代が買ってくれる可能性があります。
また、安くて品質がよく、安定した量が作れるという特徴のブランド米であれば、業務用(飲食店などで使うためのもの)としても活用でき、今後海外へ売り出す場合にも、他の米よりも有利になります。買ってくれる人や店を増やすためにも、海外進出も考えたブランド化戦略は、今後重要なポイントになるかもしれません。
ブランド米を生み出すことは、水稲農家にとって収入を上げるために効果のある戦略です。しかし、ブームになってからすでに時が経ち、いろいろなものが市場に出回っています。多くの商品がある中で消費者に選ばれるためには、工夫をして他との差をもたせなければなりません。今あるブランド米の枠にとらわれない、新しい考え方が求められています。