生物の多様性を守る農業

 農研機構きこうという研究所によると、慣行栽培かんこうさいばいというよくある栽培さいばいをしたときよりも、農薬をらした農薬節減栽培せつげんさいばいや、有機肥料などを多く使う有機栽培さいばいをしたときのほうが、水田にたくさんの動植物が見られることがわかりました。

ことばを知ろう

慣行栽培かんこうさいばい地域ちいきごとに決められた基準きじゅんしたがって農薬と化学肥料ひりょうを使う、昔からある栽培さいばい方法のこと。

有機栽培さいばい:化学的に合成された肥料ひりょうと農薬を使わない、遺伝子組換いでんしくみかえをしない、農業生産による環境かんきょうへの負担をできるかぎり少なくする栽培さいばい方法のこと。

農薬節減栽培せつげんさいばい:化学的に合成された農薬を使う回数を、慣行栽培かんこうさいばいの半分以下にらした栽培さいばい方法のこと。


なぜ研究が行われた?

 農業の技術ぎじゅつが広まったことで、食料を効率こうりつよく生産することができるようになり、私たちは季節を気にせず手に入れたり、安く手に入れたりできるようになりました。しかし近年、農地の生物多様性たようせいが失われたり、それによって害虫をらす天敵てんてきや花粉を運ぶ昆虫こんちゅうったりしていて、どんどん悪い状況じょうきょうになっています。

ことばを知ろう

生物多様性たようせい:いろいろな生物がおたがいにささえ合いながら生きている状態じょうたいのこと。

 有機栽培さいばいや農薬節減栽培せつげんさいばいなどの環境保全かんきょうほぜん型農業は、生き物のことを考えた農業の仕方として注目を集めています。環境保全かんきょうほぜん型農業とは、化学肥料ひりょうや農薬を使わないようにして、自然が持つ力をいかして長く続けることができる農業のことです。

 すでにヨーロッパやアメリカの畑地では、有機栽培さいばいや農薬節減栽培せつげんさいばいによって生物多様性たようせいを守ることができるということが、多くの研究によって知られていました。しかし、日本の水田については、科学的なデータがこれまで集められていませんでした。そこで今回、全国の1000か所以上で調査ちょうさをして、そのデータを分析ぶんせきすることで、有機・農薬節減栽培せつげんさいばいが水田の生物多様性たようせいを守る効果こうかをもつのかを科学的にたしかめました。

研究でわかったこととは?

 2013年~2015年の3年間の調査ちょうさの結果、有機栽培さいばいの水田は、慣行栽培かんこうさいばいの水田よりも、絶滅ぜつめつのおそれのある植物の種数(種類の数)や、アシナガグモ・アカネトンボなどや、トノサマガエルの個体数こたいすう(それぞれの生物の数)が多いことがわかりました(図1)。また、農薬節減栽培せつげんさいばいの水田でも、慣行栽培かんこうさいばいの水田より、植物の種数とアシナガグモなどの個体数こたいすうが多いことがわかりました。この結果は、有機・農薬節減栽培せつげんさいばいが多くの生物を守るために効果的こうかてきであることを表しています。

図1 研究結果

 そして、それぞれの管理の仕方が生物多様性たようせいにあたえる影響えいきょうは、生物の種類によってちがうことがわかりました。特にニホンアマガエルやドジョウなどの個体数こたいすうは、農業の仕方よりも、畦畔けいはんの植物の背の高さや輪作裏作うらさくなどの管理の仕方によって変わっていました。この結果は、守りたい生物によって効果的こうかてきな取り組みがちがうということを表しています。

ことばを知ろう

畦畔けいはん:「あぜ」とも読む。水田や畑の区切り目にある、人が通ったり肥料ひりょうをまいたりするために作られた細長い土地のこと。

輪作:同じ土地に数種類の作物を数年ごとに交代でくり返し栽培さいばいする方法のこと。今年じゃがいもを植えた土地に、次の年は大豆や枝豆えだまめなどを植え、さらに次の年にはかぼちゃを育てる、というように、数種類の作物を順番に育てていく。

裏作うらさく:同じ土地に2種類の作物を栽培さいばいするとき、主となる作物を収穫しゅうかくした後に他の作物を栽培さいばいする方法のこと。いねを育てて、その収穫しゅうかく後から次の春まで麦を作るというように、別の種類の作物を育てる。

 また、水田のまわりで有機栽培さいばいがたくさん行われているほうが、サギなどの水鳥類の種数と個体数こたいすうが多いことがわかりました(図2)。この結果は、鳥類のように広い範囲はんいを移動する生物を守るためには、1枚の水田よりも、地域ちいきや生産グループなどによる広い範囲はんいでの取り組みが効果的こうかてきであるということを表しています。

図2 水鳥類の種数・個体数こたいすうと有機栽培さいばいが行われている割合わりあいの関係
黒線は
調査ちょうさから推測すいそくされる種数と個体数こたいすうである。

 環境かんきょうへの負担をらすように考えられている有機・農薬節減栽培せつげんさいばいは今までも行われていましたが、今回の研究で生物多様性を守るために役立つということが科学的に確かめられたのです。

今後の予定・期待

 この研究での成果は、これまで農業者や自治体が取り組んできた有機・農薬節減栽培せつげんさいばいやそれぞれの管理の仕方が、生物多様性たようせいを守る効果こうかがあるという証拠しょうこになります。これらの栽培さいばい方法で守られる生物多様性たようせいをきちんと評価ひょうかすることで、今よりも農産物に価値かちをもたせたり、他よりも目立つようブランド化するために役立ったりすることが期待されます。今後、こうした生物多様性たようせいによって私たちが受けるめぐみについて調べ、そのめぐみを活用するような新しい農業の仕方を実現じつげんすることを目指して研究を進めていく予定です。

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